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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)711号 判決

控訴人 竹本豊治

被控訴人 岩田恭平

被控訴人 吉沢義男

右訴訟代理人弁護士 篠田龍谷

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人らは、各自、控訴人に対し、金九〇万円及びこれに対する昭和四六年一〇月一日から完済まで年三割六分の金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、控訴人において、控訴人・被控訴人岩田恭平間の本件金銭消費貸借及び控訴人・被控訴人吉沢義男間の本件連帯保証契約は、訴外亡塩沢則夫が被控訴人らの代理人として控訴人との間に締結したものであり、同人にその代理権がないとしても、同人は、被控訴人らの署名捺印のある甲第一号証を控訴人に示して金員の借用方を申し込んだのであるから、被控訴人らは、民法一〇九条一一条により責を免れることはできないと述べ(た。)≪証拠関係省略≫

理由

一、甲第一号証は、保証書の用紙であり、「保証書」の「保証」が「借用」と訂正され、借用書とされているのであるが、同書面には、本件の貸付金九〇万円につき、これを交付した旨の記載はないので、仮りに甲第一号証の全文が真正に成立したとしても、甲第一号証により本件消費貸借の成立を認めることはできず、その証拠価値は、他の証拠との関係において考慮されるものである。

本件消費貸借の成立に関する直接証拠は、全証拠中原審における控訴人の供述のみであるので、控訴人の右供述の信憑性如何が本件の帰趨を決めることになる。

二、控訴人の供述

原審における控訴人の供述の大要は、次のとおりである。

控訴人は、昭和四五年九月中旬頃毎日新聞飯田専売所の店主塩沢則夫から、従業員に対する一〇〇万円程度の融資の相談を受けた。融資を必要とする理由は、専売所に納入すべき新聞購読料の集金の未納があるからとのことであった。その後四、五日して、塩沢則夫から甲第一号証を示され、融資を必要としている従業員が被控訴人岩田であることを知った。控訴人は、被控訴人岩田に対しそれまでにたびたび金員を貸し付けたことがあったが、返済状況が悪く、また、貸付に関する契約書等に保証人の氏名を偽造したこともあり、同被控訴人を信用していなかったので、塩沢則夫の申出に難色を示したが、塩沢則夫とは懇意にしていたので、右申出を無下に拒否することもできず、また、甲第一号証に連帯保証人となっている被控訴人吉沢は、数度の貸付を通じ十分な資産を有していることを知っていたので、融資の申出に応ずることを約した。なお、塩沢則夫にも連帯保証を要求したが、拒否された。

当時、控訴人は、その持ち家を塩沢則夫の娘に賃貸しており、家賃の取立に廻った際偶々娘の家にいた塩沢則夫に会い、お茶をよばれて世間話をする間柄であった。

塩沢則夫が提示した甲第一号証には、債務者及び連帯保証人の住所・氏名の記載と名下の捺印があるのみで、金額等その余の記入部分が空白のままであったので、控訴人は、塩沢則夫に対し、現金は同年一〇月一日に授受するからそれまでに甲第一号証の未記入部分を補充するよう指示し、甲第一号証を塩沢則夫に返した。

塩沢則夫は、昭和四五年一〇月一日正午過ぎ頃未記入部分が補充された甲第一号証を持参したので、控訴人は、その場で、利息二七万円を天引きして現金六三万円を塩沢則夫に交付した。塩沢則夫が持参した甲第一号証は、記入欄全部の記載がなされていたが、標題は、「保証書」のままであったので、控訴人は、現金を交付する際、塩沢則夫のいる前で、「保証書」の「保証」を「借用」と訂正し、欄外に字句訂正の記載をした。

三、控訴人の右供述の信憑性・甲第一号証の記載が意味するもの

(一)  本件消費貸借に関する塩沢則夫の関与

≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。

1、塩沢則夫は、昭和三〇年三月頃東京にある毎日新聞専売所の権利を取得し、新聞販売業を経営していたが、昭和四四年秋、実父の病気のため、右権利を他に譲り、郷里長野県下伊那郡浪合村に家族と共に引き揚げたところ、翌昭和四五年毎日新聞本社から飯田専売所を引き受けるようにとの要請を受け、同年九月一五日本社と販売店契約を締結し、飯田専売所の店主となった。同専売所所属の従業員は、塩沢則夫が店主になった後もその地位を引き継ぎ、被控訴人岩田は鼎地区の責任者、被控訴人吉沢は喬木地区の責任者であった。

2、被控訴人岩田は、前店主当時集金した新聞購読料の店主に対する未納分が少くとも二〇万円あった。この未納分は、店主の本社に対する債務であり、店主交替の場合、新店主は、前店主の債務を承継するということはなかった。

3、被控訴人岩田は、塩沢則夫が飯田専売所の店主になる以前に自動車を購入し、塩沢則夫が店主になった後に代金の未払分が一〇万円あったが、塩沢則夫は、右残代金を立替えて支払い、被控訴人岩田は、塩沢則夫に毎月一万円宛支払うこととした。被控訴人岩田と塩沢則夫との私的貸借は右のものだけで、それ以外にはなかった。被控訴人岩田は、塩沢則夫が飯田専売所の店主になった後においても集金した新聞購読料を店主に納入しないことがあったが、このような場合、会計を担当した塩沢則夫の妻美代子は、被控訴人岩田から借用証を差し入れさせ、同被控訴人の給料から差し引いて決済する方法を講じていた。

4、塩沢則夫の娘は、塩沢一家が昭和四四年秋東京から引き揚げた後(時期は明らかでない)控訴人の持ち家を賃借した。

5、昭和四五年一〇月一日当時における被控訴人岩田の債務は、本件の貸借を別とし、同被控訴人が娘の夫倉沢好一に明らかにしたところによると、控訴人分七一万四、五〇〇円、高利貸岡庭分二〇万円、無尽関係約一六万円のほか、前店主当時の前記新聞購読料未納分二〇万円合計一二七万四、五〇〇円であった。

以上認定の事実によると、塩沢則夫が昭和四五年九月中旬頃被控訴人岩田に対する一〇〇万円程度の融資につき控訴人と交渉をもったとする控訴人の供述は、十分首肯しうることであり、≪証拠省略≫は、証言の内容が具体的ではないにせよ、この間の事情を裏付けるものである。

(二)  控訴人は甲第一号証を誰から入手したか。

被控訴代理人は、控訴人が甲第一号証を所持しているのは、被控訴人岩田が控訴人方に置き忘れてきたがためであると主張し、塩沢則夫から渡されたとする控訴人の供述と真向から対立する。≪証拠省略≫によると、塩沢則夫は本訴提起前の昭和四七年九月二七日死亡したことが認められ、同人の証言が得られない以上この点の判断は困難といわなければならないが、原審における被控訴人らの供述を突き合わせると、控訴人が甲第一号証を所持するにいたった事情についての被控訴人岩田の記憶は必ずしも定かでなく、前認定の如く、被控訴人岩田の借財の処理につき塩沢則夫が控訴人と交渉をもったであろうことは十分考えられるので、甲第一号証を塩沢則夫から入手したとする控訴人の供述を信用しないというわけにもいかない。

(三)  甲第一号証の記載が意味するもの

甲第一号証の作成名義人である被控訴人らの署名捺印がいずれも本人のものであることは被控訴代理人の認めるところであるので、その全文が真正に成立したものであるとの法律上の推定を受ける。標題の訂正及び欄外の記載は、前認定の如く、控訴人がなしたものであるので、この部分についての推定は覆されるが、その余の部分についての推定を覆すに足りる証拠はないので、標題以外の本文の記載につき、被控訴人岩田はその成立を否定することができないものといわなければならない。

甲第一号証は、その記載からすると、期間一年限度額九〇万円の継続的金銭消費貸借契約書に見えるが、≪証拠省略≫によれば、控訴人は、継続的金銭消費貸借契約を締結する場合には乙第三号証の様式による契約書を差し入れさせるのを常とするが、右契約書には取引期間の記載がないこと及び被控訴人岩田は、控訴人との従来の取引につき、借受金の返済状況が悪いばかりでなく、控訴人に差し入れた契約書の保証人名手形の裏書人名を偽造するなど不信行為が多く、控訴人の信用を失っていたことが認められ、この事実に、前認定の被控訴人岩田の昭和四五年一〇月一日当時の債務合計一二七万四、五〇〇円のうち高利の分は九一万四、五〇〇円であることを併せ考えるとき、甲第一号証は、貸付金九〇万円貸付日昭和四五年一〇月一日弁済期昭和四六年九月三〇日の借用証であると認定するのが相当である。

(四)  貸付金の授受の有無

≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

1、控訴人は、昭和四五年一〇月一日(控訴人主張の本件貸金の貸付日)午後三時頃被控訴人岩田方を訪れ貸付金の返済を強く迫った。倉沢好一は、被控訴人岩田の控訴人に対する債務につき保証人名を潜用された松島昭夫からの連絡を受けて被控訴人方に赴き、控訴人に被控訴人岩田の控訴人に対する全債務を尋ねたところ、七一万四、五〇〇円で、このうち三六万円は至急返済するよう、返済しない場合は保証人名の偽造を刑事問題にするといわれた。この際、控訴人は、本件の貸金については何も言わなかった。倉沢好一は、同日、被控訴人岩田に同人の債務全部を糺したところ、控訴人に対する債務を含め、前記のように一二七万四、五〇〇円であるとの説明を受け、この中には、控訴人以外に高利貸岡庭の分も含まれていたので、倉沢好一としては、とりあえず高利の債務を片付けることを決意した。

2、倉沢好一は、同年一〇月二日鼎町農業協同組合から四一万円を借り、即日、控訴人に三六万円を支払い、被控訴人岩田は、同年一一月一日約束手形及び小切手による控訴人からの借入金合計三五万円の支払のために額面三万二、〇〇〇円の約束手形(乙第五号証の一・二)を控訴人に振り出して右約束手形及び小切手の返還を受け、同月一四日他から(乙第一号証の五には公庫と記載されているが、どの公庫か明らかでない。)八〇万円借り受け、この借入金により、同月一六日岡庭に四〇万円を支払うとともに、乙第五号証の約束手形金のうち二〇万円を支払って元利金の残額につき乙第九号証の約束手形を振り出して乙第五号証の返還を受け、倉沢好一は、同年一二月一〇日前日鼎町農業協同組合から借り入れた七万五、〇〇〇円に自己の貯金を加えて乙第九号証の約束手形金を支払って乙第九号証の返還を受けた。

3、倉沢好一は、乙第九号証の約束手形金を支払った際、控訴人に対し、被控訴人岩田に対する債務は他にないかと尋ねたところ、控訴人は他に債務はない旨答えたので、その旨一筆書くよう要求したところ、控訴人は、「男と男の約束だ。」といって債務完済した旨の一筆を書かなかった。

右認定の事実に≪証拠省略≫により認められる塩沢則夫が生前控訴人から本件貸金について請求を受けたことのない事実(この認定に反する控訴人の原審における供述は措信しない。)及び≪証拠省略≫により認められる次の事実、すなわち、被控訴人らは、甲第一号証の弁済期昭和四六年九月三〇日から二年余を経過した昭和四八年一〇月中旬まで控訴人から本件貸金の請求を受けたことのない事実を併せ考えるとき、被控訴人岩田が本件貸金の交付を受けなかったことはもとより、塩沢則夫も本件貸金の交付を受けなかったものと断定してよい。

最後に、控訴人が甲第一号証を所持していることについて、被控訴人は、原審において、控訴人方に置き忘れていた旨供述するが、≪証拠省略≫によると、被控訴人岩田は、前記のように、昭和四五年一一月一六日岡庭に四〇万円を弁済した際、借用を証する書面の返還を受けなかったことが認められ、被控訴人岩田は、このようにずぼらな点もあるので、同被控訴人の原審における右供述も肯きうるものである。ただし、同被控訴人が甲第一号証を置き忘れた先が控訴人であるのか塩沢則夫であるのか明らかではないが、そのことは、本件の結論に影響しない。

四、結論

本件貸金の授受が認められない以上控訴人の本訴請求は失当であるので、右請求を棄却した原判決は相当である。よって、本件控訴は、これを棄却すべく、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤利夫 裁判官 小山俊彦 山田二郎)

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